|雪|雑感・感想など

初出 '01/04/19 18:40
'02/05/15 一部修正



 世の中すっかり暖かくなりまして、今年の冬は雪が多かったね、なんてことも忘れかけている今日この頃です。でも今年は東京でも、桜が咲いてからも牡丹雪が降るなんてえ奇妙なこともありましたんで、油断は禁物かも。
 とはいえ流石に四月も下旬、桜花も既に八重桜の季節になりました。もうじき「綺賓館」からは櫻の話を集めた一冊が出るとのこと、遅ればせながら冬の記憶を掘り起こしつつ「雪女」の感想文をお送りいたします。

 つらつら考えていたのですが、「雪女」なるあやかしは、人が美しくも過酷なこの気象現象に抱く綺麗なイメージの投影ではありますまいか。雪国の冬にあっては、空から降る大量の重荷に埋もれ、処理に追われ、潰されかねない生活の中で美しいイメージなどどこへやら、白いゴミの山としか思えないのが現実でもありましょうに、それでも雪女の伝説は生き続ける。
 約束を破られ、遭遇の記憶を口外されても、雪女は復讐もせずただ立ち去るのみです。このあたり、同じ異類婚の羽衣伝説に似ますが、羽衣の場合は追っかけていって幸福になるバージョンもあるところが大きく違いますな。雪女の伝説には救いもなく、もの悲しく終わる。
 それは美しい終末のメタファかも知れず。現実の困窮や死や愛の終わりは、もっと酷たらしく生臭くみっともないものでもあります。直視しがたい記憶に手を加え、綺麗な形に変えて抱えていくことでなんとかやっていける、というのもヒトの確かに持つ一面ではありますまいか。
(でも個人的には、ロマンチストって人種ぁ始末に負えないはた迷惑だと思うことのが多いんですけども)

 全編とはいきませんが、できるだけ多くの作品の短い感想を。

 ◎:スタンダード  ※:オリジナル
◎「雪おんな」小泉八雲
 何はさておき、下敷きになっている定型が示されることは重要。
 しかし改めて読んでみると、すっきりコンパクトにして味わい深い。

◎「妖婆」岡本綺堂
 雪の中の妖しげな老婆は結局何をしたのか? 現れて逃げ回って見せただけなのか?
 こういう場合は余計な説明がない方が粋なんでありましょう、きっと。

◎「雪女」山田風太郎
 美術怪談なのでしょうが、一般的な「雪女」硬質なイメージとはずいぶん違いますな。SM趣味の責め絵を得意とする画家夫妻、という生々しいキャラクターのせいでしょうか。
 禁断の「雪女」の絵には本当に魔力があったのか、それとも画家夫婦の感受性が勝ってしまっただけなのか。……両方かな、ここは。

◎「雪女郎」皆川博子
 藍甕に溺れかけて見た幻か、それとも彼を哀れんだ何者かのもたらした救済か。  凍り付く白い雪片、なま暖かい藍に染められた青い体、白い喉に浮かぶ紅い傷口、肉片に似た茸の感触。この話の味わいは、並べられるイメージの対比の妙でもありましょう。

◎「雪女臈」竹田真砂子
 おおこれは見事な演劇怪談。元々はただのヒトであったはずでも、真の役者の魂はあやかしを呼ぶものなのでしょうか。

※「バスタブの湯」中井紀夫
 青くて赤くて痛い; 雪女の恐怖とは、凍らされることよりもその後の方だったのか、と納得。
 強く激しい愛とはかように痛みを伴う物か……何か違うような気がしますが。

※「コールドルーム」森真沙子
 夏の記憶はすべては凍死の直前に見た夢だったのか。しかし度々姿を見せた白い女は一体何者なのでしょう。全ての原因を握っていたとも、冷徹に主人公を見ていた傍観者とも取れる、雪女の実体はもしかすると、いつもこうした不確定部分を残している物かも。

※「戻ってくる女」新津きよみ  この女が怖いのは、男の側も自分の身勝手を後ろめたく思っているからでしょうね。ラストの部分さえなければ、一途で哀れな女の話として読むことも可能と思うのですが。
 しかしない足を執拗に「さすって」という結末はグロテスク。あやかしではなく、当たり前の幻痛かもしれませんが、それにしても……

◎「都会の雪女」吉行淳之介
 タネを割ってしまえば幻想譚ではないはずなのに、妙にひんやりした後味が残るのは何故でしょう。誰しも覚えのある、病院のあの硬い空気のせい?

※「涼しいのがお好き?」久美沙織
 コメディかと思って読んでいたら、結末はじわりと苦い。期待通りの結果が得られたはずなのに、「もう暑苦しいダンナの相手をしなくて済んで万々歳じゃーんっ」とはいかないのは何故なのでしょう。

※「冷蔵庫の中で」矢崎存美
 実際には夏場の死体は臭って水っぽく腐って大変だと思うんですが、冷蔵庫の女の子のイメージは綺麗ですね。ガラスケースのお人形のよう。
 他の誰にも見えなかったことからしても、実体はなかったのか。生々しい肉体から離れれば、冷蔵庫に籠もったままでいるのも苦行ではないのか。

◎「雪女」赤川次郎
 ……こんなに知られた著者じゃなかったら、田中啓文氏の別ペンネームかと思うとこですよっ。
 いや、実は世の中に多いんでしょうか、こういうオチの話。

※「深い窓」安土萌
 美しくも痛々しい、おとぎ話。どちらも命を賭けた、ただ一度のキス。

◎「雪うぶめ」阿刀田高
 建物が半壊して人が下敷きになってる状況下で、よくまあこんな衝動が……いやいや十代の性の衝動はこのくらいケダモノでも何も不思議はないのか。
 腰から下を血に染めた凧の絵よりも、生き残って狂ったまま子供を産んでいた事実の方が怖い。個人的には「じゃあ床を共にした女は実は」という所は怖いポイントではないんですけどね。出自がどうあろうと彼女自身は生身の普通の人間だからか。

※「白雪姫」井上雅彦
 ちょっと脱線で恐縮ですが、最近読んだ、菊地秀之著「八つ裂きジャック」に、人体を切り分けるのにやり易い数について書かれてましたな。そこではやや強引な方法で「8つ」にしましたが、ごく自然に関節で解体したら「7つ」の肉塊というのは古来からの理なのかも。
 七人の侏儒。乱歩の「一寸法師」を引き合いに出すまでもなく、「侏儒」にまといつくグロテスクなイメージとはこれだったのか。

◎「ゆきおんな」藤川桂介
 やはり脚本を読むだけでは、空から迫る雪女のイメージが今ひとつぴんとこないのが惜しいところ。この映像は現在入手可能なのでしょうか。

※「雪女のできるまで」菊地秀行
 ……これは……「雪女」というよりは、「雪男の雌」。「美しいあやかし」というヴィジュアル自体、語り伝える人間の願望でしかなかったのね〜、と呆然。
 十二単衣を着せまでする必要はないような……甚だしく似合わない気がしますが。いやでも体型を隠すには適当なのか。

※「雪音」菅浩江
 仕事に張りつめ歪んだ主人公の心が見せた幻と取ることもできますが、「こんなの自分が望んでいた物じゃない」と思いつつ、混乱し分裂して自分の一部となっていったのは、「彼女」の魔力か、あるいは主人公の隠れた願望か。

※「雪ン子」宮部みゆき
 幼い日の思い出は哀しくも美しい、ばかりではない。無邪気な皮の下にあった妬み、隠しおおせたと安心している間に亡くしたものが、物言わぬ足跡だけで立ち上がってくる。見事。

※「雪」加門七海
 恐怖よりも思慕が勝るのは、現実の生活に倦み疲れた者の場合に限るのでしょうか。
 かつて愛した事を忘れていても、臨終の床に迎えに来てくれる、というのは、なにがしかの喪失感を抱えたヒトに共通の願望でありましょう。それは呪ではなく、約束された祝福に他なりますまい。
 「マッチ売りの少女」然り、「鉄道員」の老駅長然り。


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