|櫻|全体の感想

初出 '02/05/01 03:09


 今年の桜は大変早く開花してしまいました。東京のソメイヨシノは三月末までにかなり散ってしまい、四月上旬には既に葉桜の様相でした。
 北海道、東北は今頃桜の季節の地域もおありでしょうが、東京は八重桜も盛りを過ぎております。名残の花の季節、皆様如何お過ごしでございましょうか。
 一年も経って何言ってる、と言われるかもしれませんが、再び『櫻憑き』を手に取りつつ、感想や関連して思うよしなしごとなど書かせていただきます。

 この本の収録作を読んで、私だけでなく他の多くの人にとってもそうらしい、と再認識したのですが。
 どうも酔いますな、満開の花というやつには。匂いのせいか、見慣れない鮮やかな色彩に幻惑されるのかは分かりませんが。

「女の子は、『たらし』が好きですよね」

 とはその昔、某漫画家さんにファンのイベントで、私がある質問をしたときのお答えにあった言葉です。「あなたも憑かれてみませんか」という、この本の帯の惹句に思いだしたのですが。
 女の子のみならず、殿方だって蠱惑的な美女、小悪魔のような美少女に心魅かれるものでしょう。実は人間、誰しも心の底ではたぶらかされたかったりするのでは。

 大量の花弁に視界を霞まされて、見知った場所もなんだか勝手が違ってしまう。でもそれも、人の側に酔いたいという心があればこそ、華の魔性の付け入る隙もあろうというものかも。

 では収録作品から、気に入ったものについて感じたところを。

 ◎:スタンダード  ※:オリジナル
※「桜湯道成寺」菅浩江
 やはりこの方は、和モノを書かれると特に美しいですね。
 しかしこのお話、ネタが分かって再読したら、初回より余計生々しさが強まりました。ラストの「ちみりちみりくちりくちり」の厭感がなんとも言えません。

※「阿弥陀仏よや、をいをい」五代ゆう
 豪華絢爛、阿鼻叫喚、嗚呼腥い美しい。
 とはいえ、きっと犬丸の心中に腥いという感覚はないのでしょうね。無垢な残虐性が不思議と爽やかでもあり。良い物を見せていただきました。

※「闇櫻」竹河聖
 この作品の収穫はこれに尽きますね。「わたくしたちが花を見ているのではありません。わたくしたちが、見られているのでございます。」
 怪異はすぐ傍にいる。昔からずっとそうだったのでしょう、多分。

※「花十夜」井上雅彦
 「躑躅」が良かったです。あの躑躅の植え込みというやつは、花の時期には一面表を見慣れない紅やら朱やらで覆ってしまって、私はなにやら非現実的な気分になるのですが。これが「躑躅」ということ?
 ところで「花筏」という名前の植物もあるのですが、この第九夜はそれではないようですね。葉っぱの真ん中に花が咲いて実が生るという、珍奇にして風雅な姿の植物だそうですが。

◎「人花」城昌幸
 食人花、人面花といったモチーフの現れる物語は多々ありますが、(私が思い出すのは筒井康隆作のとあるSF短編――ネタが割れるのでタイトルは言えない)これはその最も古典に位置するものでしょうか。なんと頽廃的な、艶めかしくも儚い。これは文語の効果もあるのか。

◎「花をうめる」新美南吉
 ミニチュア箱庭遊びの幻想。現実の花はいつか朽ちていくものでも、心の中の箱庭は鮮やかなままなのか。
 現実に幻滅する主人公が気の毒でもあり、でも勝手にこね上げた美しい幻想を恋われたってな〜、と呆れもする、私にはロマンが欠けているでしょうか。(だって、勝手な幻想って割とはた迷惑なんだよ〜;)

※「シロツメクサ、アカツメクサ」森奈津子
 なんとなくざわざわと居心地の悪い展開……と思っていたら、ラスト、放り出されましたねー。
 うーん、これは引っかかります。居心地は悪いのですが後を引く。

◎「花畠」吉行淳之介
 分かったとは言いがたいですが……一読後何故か、カラーとモノクロの切り替えの所で毎回「ザッ」という金属音が入る、と思いこんでいたのですが、再読したらそんな記述は全くありませんでした。
 何故だろう? 何かぎらぎらする物に刻一刻近づいていくイメージが肥大していたのか。

※「舞花」藤田雅矢
 ええと。キューガーデン広いです。数年前にロンドン旅行したとき行きました。半日かけてもとても回りきれなかった……
 って、このお話と関係ないですね; いやその、英国人の植物への情熱というか執着はすごいなあ、と……(fade out)

◎「桜の森の満開の下」坂口安吾
 ああ血腥い。この本で再読するまで、ここまで腐臭の漂うような物語とまでは憶えていませんでした。幼気な心が記憶を拒否していたのか、それとも若気の至りでただ無邪気に愉しんでいたのか。
 しかし、読み返してみると、これはどこまでが桜の魔性によるものなんでしょうね……

◎「花の下」倉橋由美子
 桜の木と溶けあっての歓楽――までは幻想的だったのですが、翌朝、木が裂けている、となるのが妙に生々しい。ただの夢オチで安心させてはくれないのですね。
 でもそれも欠伸で済ませてしまう脳天気さが爽快。珍しくもないのか、桂子さんにとっては。

◎「春の実体」「憂鬱なる花見」萩原朔太郎
 「みつちり」「ぎつちり」という擬態語がなんとも……「憂鬱なる花見」も六行目でいきなり「くさりはじめた」だし「花は酢え」だし……やはり春とは生々しいもの? 良くも悪くも……

◎「十六桜」小泉八雲
 これもある種の化生の物語。でもこの話では、憑かれるのではなく人が進んで人外の物になるのだけど。そうさせるのも櫻ならではか。
 同じ八雲の残した樹木の不思議でも、樹霊が人の妻となる「青柳」とは逆なのですな。

◎「桜の樹の下には」梶井基次郎
 「これは信じていいことだ」と言われても……でも読んでいる内にすっかりそんな気がしてくるのが怖い。生臭い想像てんこ盛りの異様な迫力で。
 でもやっぱり、病人の枕元で嬉しそうに朗読するには向かないような気がする……;

◎「「西行櫻」抄」 謡曲
 これだけ読んで、何か分かった気になっちゃいけないような気がしますな。「桜の精の舞」も、舞台を見ないことには。


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