(帰)ご贔屓作品

初出 '00/11/27 16:19
'02/05/14 一部修正


 実は発売直後に南洋に渡っていたため(なにせ購入したのが成田空港の書店)、旅のお供に「塔の物語」と「帰還」を持ち、それでも読み終えられずに通勤経路でちまちまと、ようやく読了いたしました。
 「帰還」は装丁といいラインナップといい、これまでの巻の読者の期待を裏切らない物になっていますね。(ラインナップは廣済堂での中断が決まる前に揃っていたそうですので当然と言えば当然か)
 まずは復活のお慶びを申し上げます。続巻も楽しみですね。

 今回のラインナップを俯瞰してみると、全体としてやや地味かという印象はあります。(それとも、読む側がスレてショッカーを感じなくなったのか……)
 しかし一方ではこの「地味」さに、手堅く味わい深い物を揃えてきた、という感触もあります。実はいまだに折に触れてつらつらと、再読の楽しみを味わっているところで。
 これは「帰らぬ者を待つ気持ち」や「帰り着くことを待ち望む気持ち」という対象のもつ、気の長さによるものかもしれません。それまでの長い「待ち」や「焦燥」や「諦念」がなくては「帰還」というテーマは語りにくいのかも。
 この一冊は、この先何年かしてから思い出したように読み直す、という愉しみ方のほうが正しいかもしれません。

 というところで、ご贔屓作品を上位5作選んでみました。


  ご贔屓の作品の順位 & [コメント]

1位 「深い穴」中井紀夫
 失礼かもしれませんが、この作品を読んで「中井紀夫が還ってきた」と感じました。個人的に「山の上の交響楽」が大好きなもので。
 50年以上前の戦争から帰ってきた人がまだ二十代の容貌である不思議よりも、その人が自分達とは全く違う感覚で生きてきた「異人」なのだという、どんよりした厭な感じが頭に残る、巧妙。

2位 「失われた環」久美沙織
 どっちを1位に持ってこようか悩んだのですが。細かいディティルの積み重ねが「失くしたこと」による痛みや哀しみ、混乱を巧みに描き出している。流石。読んでいる間しばしヒロインにシンクロしてしまいました。
 ちょっと頭が冷えて読み直してみると「あんただって問題あるじゃん」という気になるのですが。

3位 「復帰」石田一
 フルCG、全編モーションキャプチャーによる取り込み、という映画が作られる時代ですから(個人的には「そんなことになんの意味があるのや」という疑問も持ちますけれども)こういうことが行われるのもそう遠いことではないのかもしれません。
 「バーチャル・ゾンビ」になろうと製作への情熱は健在、というラストは爽やかですが、この設定ならもっと壮大な厭な話になってもいいなあ、などとも。

4位 「リターンマッチ」山下定
 「殺しても死なない相手」と「自分の罪を知っている」という二重の恐怖と焦燥を買って。勝った、かと思わせてやはり逃げられなかったという話ですし。
 もしかするとこうして命のやりとりをしながら渡り歩いている者は沢山居るのかもしれないなあ、などと想像することです。

5位 「アンタレスに帰る」早見裕司
 少女は本当に現実認識の出来ない神経症患者だったのか、それともチキュウと間違ってどこかの星に来てしまった不幸なアンタレスの留学生だったのか。
 この話で、割り切れなさは冒頭とは別の「空虚」とも哀しみともつかない味になって残るのですね。
 もし少女の正体が後者であったら、病院で監視されてずっと彼女はアンタレスに帰れないのか……
 色々考えて5作品を選びましたが、その他にも色々語りたい作品はありますので、追って別ページでコメントさせていただきます。

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