(面)ご贔屓作品と雑感

初出 '02/03/26 13:18


昔、ある鄙びた農村に、大きな造り酒屋があった。
毎年美酒を醸すと評判で繁盛したが、この店の酒蔵には秘密があった。
一番奥の土間には、この屋の代々の当主と杜氏の頭しか入ることを許されぬ一角があり、そこに古びた一升升が据えられていた。
不思議なことに、穴もないその升は、常にこんこんと甘露が湧く井戸なのだった。この升の水を用いて酒を造ると、間違いもなく最高の美酒となった。
しかしある時、この酒屋の放蕩息子が升の前へ入り込み、巫山戯半分に足蹴にした。
これに松尾様が怒ったのであろうか、翌日から升はぱったりと干上がってしまった。
家の者達がどれほど嘆き、松尾様に祈っても、涸れ井戸になった升に再び甘露が湧くことはなかった。


   「升涸れ井戸」

#泡坂妻夫かっ、てそれは別の言葉のネタでしたな。



 えーと。疲れてるなー。

 そんなことはさておき、遅ればせながら「マスカレード」感想です。

 噂に聞くところによると、この巻には大変多くの作品が寄せられ、各作品のレベルも高かったとか。喜ばしいことであります。

 マスカレード。仮面舞踏会。(昔懐かしい少年隊の曲を連想しないように)
 つらつら考えるのですが。どんな会合であれ、たくさんの人間が集い交流する場というのは、多少に関わらず「仮面舞踏会」の側面を持つのではありますまいか。
 把握できる表層と実体との間は、常に乖離の危険をはらんでいる。それはヒトの能力の限界を思えば当然のことなのですが。普段忘れているそうした認識の「乖離」というやつは「異形」の一形態でありましょう。
 「それ」は私達の傍にいる。私達の一部かもしれない。片目を瞑り焦点をぼかして世界を見ていれば、私達とは異なる「それ」等も一緒に愉しい時を過ごすことができるのかもしれない。
(「オペラ座の怪人」のようだ。あれも仮面舞踏会が印象的な物語でありますが)

 それはきっと、四六時中直視して過ごすのは苦痛だけれども、時々取り出して眺めさすってみずにはいられないもの。気候の変わり目に痛む古傷のような。剥がれかけてひきつれた瘡蓋のような。(あ、瘡蓋も中身を見せる「皮」か)

 いかんいかん。なんかイメージに酔っぱらってますな。

#個人的には、キット・ウィリアムス著の仕掛け絵本「仮面舞踏会」を下敷きにしたお話があるかなと期待したのですが、もはや二十年近く前の話題の本ですから、さすがにこれは無理か。(どうやら絶版みたいだし)

 というところでご贔屓作品五作を選んでみました。
 今回は少し選択に迷いましたが。物語としても出来の端正さから言うと色々とひっかかりがあるのだけれど、無視しがたいインパクトを持つ、という作品がいくつかあったのです。
 ただ、巧緻に書かれた作品は他にも評価される場所がたくさんあるだろう、と考え、ここでは個人的にインパクトの強かった物を優先的に選んでみました。


  ご贔屓の作品の順位 & [コメント]

1位 「牡蠣喰う客」田中啓文
 高校生の頃、茶菓子なぞつまんでくつろいでいるときに、何も知らずに「たんつぼ小僧」(スネークマンショーだっけ?)を聞かされたことがありましたが。食卓に「異形家の食卓」を用意する女主人はちょっと病んでいるかも。
 いつもながらぐちょぐちょねとねとぬらぬら痛い痛いという酸鼻を極める描写ですが、今回は「そうだよなあ、食べるってそういうことだよなあ」とふと身につまされたりして。「美味」の幸福をひっくり返される刺激と申しましょうか。
 これがかつて「嫌悪感大作戦」と呼ばれた某掲示板企画で漏らしておられた構想ね、と、一人肯きつつ読みました。(もしかして判定にそういうゴロ的な身贔屓が入っているかしら。ま、いーや「個人的なご贔屓」だし)
 ところで牡蠣の仮面、というのは寡黙さ、結局は秘密を漏らせぬ事の寓意でしょうか?

2位 「スキンダンスへの階梯」牧野修
 じわじわと、厭な感じは醸し出しつつも飄々と、「戴冠式」の夜に向けて階梯の進む様も小気味良いですね。主人公が騙され馬鹿にされているのは分かっているんだけれども、なんだかいっそ清々しいような。で、現実に「スキンダンス」が始まって、研究員や看護婦の正体が明かされても、もしかしてこれは凄く幸福な嬉しいこと? という気がしてしまう。
 もしや剥がされているのは読者の「常識」か。

3位 「白面」深川拓
 この作品、文章の細部等に色々と「私にはちょっと」と感じる所もあるのですが、この生々しさと哀しさは無視しがたいインパクトでした。全ての元凶であるはずの二ノ宮が淡々としてるのも厭さを高めます。
 でも実際にこういうことやったら、相当気を付けててもやっぱり死ぬと思うんだけど……;;

4位 「マスク」町井登志夫
 この作品も、文章・構成等には「ちょっと合わないかも……」と感じる所があったのですが、最後まで読み終えた後のこの怖さは認めざるを得ません。昔懐かしい「口裂け女」の恐怖と哀しさの印象が蘇ってきて、しばし背中が寒くなったことです。(思えば私にも暗がりに怯えるいたいけな子供の頃があったのでした)

5位 「仮面と幻夢の躍る街角」芦辺拓
 私も乱歩の少年向けシリーズで育った口ですから、こういう演出にはそも弱いのですが、それよりも勧善懲悪の図式を次々ひっくり返して歪めて見せる幻想に惹かれます。花筐城太郎は、または殺人喜劇王とは何者!?
 「どこかの《物語》で!」というのが全ての答えなのでしょうか……

 ちなみに今回これら五作に続く次点としては、
「裏面」倉阪鬼一郎
「スズダリの鐘つき男」高野史緒
「舞踏会、西へ」井上雅彦
 が並んでいました。
 いずれも私の引っかかりどころは、描かれたイメージの鮮やかさのようです。(「スズダリ」の場合は映像と共に同じ歌詞のリフレインが頭に貼り付くためかと)

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