(酒)ご贔屓作品と雑感

初出 '02/12/27 13:50


 競馬界で今をときめく武豊・幸四郎兄弟。
 しかしその業績は、持って生まれた遺伝的才能のみによる物ではなく、彼等には競馬界を生き抜くための、研ぎ澄まされた処世術があったのだった。


 武の世渡り
*本気にしないように。

 そんなことはさておき。「酒の夜語り」感想です。

 このタイトルを知ったとき、私は「酒席で話されるような嘘とも真ともつかない馬鹿話」というテーマかと思ったのですが。ポイントは「夜語り」ではなくて、「酒」の方だったんですね。
 蓋を開けてみたら、それはそれでバリエーションに富んで、興味深く愉しかったのですが。かねてから、食物をテーマにした一巻があってもいいと思っていたのですが、更にうまく縛りをきつくしたようなものでしょうか。

 酒というのは醸す物であり、酔わせる物でもあります。製造に特別な手間や技術や環境を必要とし、元々は無くても何も困らずに生きられる物の筈が、はまりこむと手放せない。
 それはどこか、小説それ自体とも重なるような。
 なべて娯楽や嗜好とは、またはそれらへの依存症とはそのようなものでありましょうか。

 ところで飲食物テーマでは予想通りというか、人間の亡骸、もしくは血を使った酒、という話は多かったですね。ざっと見ただけでも五作。(血肉以外の人体からのモノまで含めると七作、か)
 ただお陰で、ネタ自体は目新しくとも、描写のやり方、演出の捻り方によって随分味わいが変わるものだ、というのを再認識することにもなりました。実は死体/血/その他を使っていた、となるとオチの衝撃は弱いのですが、そうした作品でも、気になる余韻があって後をひく、という物もいくつもありました。
 酒もホラーも、ショックが強ければいいというもんじゃないということか。

 でももう一つ「酒がテーマならありそうだ」と予想していたワカメ酒ネタはなかったなあ。
 いやその。すいませんすいませんごめんなさい。 ((((((((((逃亡)


 逃げててもしょうがないので、ともあれ今回のご贔屓作品を。
 今回気に入った作品を俯瞰してみて、ポイントは「泣かせ」と「飄々」ではないかと思いました。
 元々そういう話が個人的にはツボなんですけどね。酒は泪か溜息か、あるいは気持ちよく酔っぱらって心も軽いぜ、ときたものか。
 我ながらちょっと情に流され過ぎてりゃしないか、という気もしますが、それは置いておきます。酔うてこそ美酒、という気もしますので。怜悧な判断によるお薦めの声も聞いてみたいものですが。


  ご贔屓の作品の順位 & [コメント]

   1位 「苦艾の繭」吉川良太郎
 うわあい、こういう話には実に弱いです。
 緊迫、暴力、衒学的趣味、草花の芳香やら少女やらのイメージの連鎖に加え、とどめは錬金術ネタ。(ところで男女の双子は普通の兄妹レベルの遺伝的相同性しかない筈だけど、それを言うのは野暮か)
 ニガヨモギ、Artemisia Absinthium。英語のwormwoodには、苦悩、屈辱、悲痛な経験といった意味もあるそうですが、この話で与えられる苦艾の酒はどうなのでしょうね。知らないうちに犯され孕まされるのだから、普通は屈辱なのでしょうけれど、長年の苦悩―これも苦艾酒にまつわる―から開放する、贖罪の儀式という気もします。
 死は暴虐か贈り物か。あるいは両方か。
 「ニガヨモギ」といえば私が思い出すのは黙示録で、しかしこの話では名前くらいしか関連する表現はないのだけど、これを彼が人生全てに引導を渡された顛末と思えば、妙に腑に落ちることです。
 ――で、これは「泣かせ」の物語ではないんでしょうか。子供の頃の間抜けさ加減を三十年以上も気に病んでいた、という話なのに。

2位 「笑酒」霜島ケイ
 陰惨・酸鼻を極める場面もあるのに、不思議に印象は明るい。八角が不老不死や自分達の保身といった妄念に囚われていないからか、また女達の屍を喰らい血を酒にして飲む異形どもも、一緒になって酒を口にする捨丸も、恐れも悪意もなく無邪気だからか。
 正体を知ればとても笑えない酒も、彼等にとってはただ嬉しい甘露。殺された女達にしてみたらとんでもない事でしょうが、考えてみれば「飲食物」なるものは、そもそもそういう物だったのでしたね。

3位 「夢淡き、酒」倉阪鬼一郎
 倉阪作品にこのような「泣かせ」があろうとは。
 何もかも亡くしても、辿り着いた場所は温かく優しいのかもしれない。仮にこれが傷ついた彼の心が作った幻だったとしても。
 ムード歌謡の道に踏み込んでおられるのも伊達ではありませんね。

4位 「酒粕と雪の白い色」薄井ゆうじ
 ええとこれは、「宇宙生物ゾーン」収録「安住氏への手紙」で菊地秀行氏が取り上げたのと同じ題材を料理したものですよね。(こちらも大変好きなのだけど)
 凝った捻りではなく、ごく素直に男と女の双方の心中を描いた話で、再会したからといって何がどうなるわけでもないのですが。それもまた善哉。
 うう、こういう話には弱いです。(なんかこればっかりやー!)

5位 「頭にゅるにゅる」中島らも
 嘔吐やら排泄異常やら暴行やらといった連続飲酒中の酷い状況なのに、淡々と描いている(猫の耳なんか切るなー!!)もので、笑ってよいやら痛ましく思ってよいやら、困惑することでした。
 だけどこういう振り回され方は大好きです。
 ところで何故花魁。何故うどん。そういうことは気にしても仕方ないのか、実話なら。


 上記の他で、気になった作品は以下。
  「小さな三つの言葉」浅暮三文 爪の下りとか。
  「八号窖の手」南條竹則 死体入り発酵坑ぐらいでは動じないのは中華の国の気っ風か。
  「ボンボン」井上雅彦 熔けたチョコレートを舐め回すディープキスとは淫靡な。
  「痴れ者」飯野文彦 泥酔描写はもうお腹一杯……と、思いつつもこれは。
  「秘伝」草上 仁 「種」の正体には早いうちに気付いたけど、更に捻ってるが嬉しい。飲むかそれを。
  「朱の盃」加門七海 雅な言葉の力に。

 あー、でも、「酒席の駄話」というテーマもちょっと惜しかったかな。どこかにありませんかね、そういうアンソロジー。「都市伝説」テーマとか。
 リドル・ストーリーばっかりになっちゃうかもしれませんが。


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