(獣)ご贔屓作品と雑感

初出 '03/04/15 14:56


夏草や けだものどもが 爪の痕


 芭蕉もびっくり、なんてことはさておき。
 「獣人」感想です。

 既に異形コレクションには廣済堂文庫版の第三巻に「変身」という巻もあって、どうだろうとも思ったのですが、蓋を開けてみるとこれはこれでいいですね。その後新たに参入された多くの執筆者の方々も腕をふるっておられるし、変容対象として「動物」という縛りを入れたために的が絞られたようにも感じました。

 巻頭でも多くの「獣化」を扱った小説や漫画、映画等の映像作品が紹介されていますが、思えば昨今SF・ホラー畑の小説の新作をあさっているコアな読み手の多くは、少年少女の頃に平井和正の「ウルフガイ」シリーズあたりを通過して現在に至っているのではないでしょうか。(私個人は一部の巻に手を着けただけですが)映画だと「キャット・ピープル」(これはリメイク版)であったり「ウルフェン」であったりするのでは。

 昔、「ウルフガイ」にはまっていた知人が言っていたことですが。
「読み終えた後、訳もなく体に力がみなぎってるような気がして、いつの間にか怒り肩になっちゃってたりする」
 ものだそうで。
 それは作家の筆の与える興奮や衝動にすっかりあてられてしまったのか。それとも体の奥深くに眠る獣性を呼び覚まされているのか。
 どちらにせよ、多くの人が、躰のどこかにそうした衝動をひそめているのではないでしょうか。
 なにかの弾みに、ふと。平穏な毎日を保つための細々した気遣い、理性の束縛なんぞを打ち破り、思いのままに破壊と殺戮に身を委ねたら。それは随分爽快な気晴らしじゃあるまいか、という衝動が湧き起こる。
 いやいやそんなこと出来っこない、やっちゃったら後が大変じゃないか――と、思えば思うほど。

 それが真に原始の「獣性」に拠るのか、本当のところは分かりゃしないのですが。そうした衝動を獣の姿になぞらえ、憧れに転化するのはごく自然な流れでありましょう。
 意外なことに今回収録作には一作もなかったのですが、特撮戦隊物などの敵方怪人達のヴァリエーションは、最も分かりやすい畏れ/憧れの発露ではないでしょうかね。

 それから、ちょっとだけ冒頭の本ネタの芭蕉の句について。
 これは杜甫の『春望』(「国破れて山河あり」というやつですね)を引いているというのが一般的な解釈だそうです。杜甫の時代に既に、草群→荒廃のメタファは一般的なものだったのでしょうかね。
 人の営みは年月の前に崩れ、人外の者達の領土に還る。何事の不思議なけれど。
 とはいえ私個人は、緑為す廃墟というやつには、虚しさや哀しみと同時に何かとても心惹かれるものを感じるのですが。住居に不自由した経験がない故のおめでたさかもしれませんが、あるいはこれも、ヒトの身に潜む獣の血の為せる業でありましょうか。
 皆様は、如何。


 というところで今回のご贔屓作品です。
 

  ご贔屓の作品の順位 & [コメント]

1位 「けだもの」平山夢明
 これまでの異形収録諸作に比べると、平山作品にしては大人しいかなあ、などと思いながら読み進んだのですが。
 うわあ、動き始めたらやっぱり派手でした。廃材の山に串刺しなんざ、想像するだに。ちゃんと痛くて臭い立ちそうで厭で哀しくて爽快。(ナカタの「千鶴ちゃん、蛙が嫌いなんですねえ」は真に厭でした)
 二人のその後を想像すると良いことばかりではないのでしょうが、それでもこれはハッピーエンドではないでしょうか。
 ナカタも、首だけなら長生きしてくれてもいいような気がします。新しい体を手に入れるとかして復活されたら厭ですが、ずっと悪態つき続けて欲しいような。

2位 「間人(はしひと)さま」木原浩勝
 方言の力、でしょうか。この文章には体温や臭いや湿気を感じます。
 まあ実際そういう形容表現も多かったんですけどね。(「濡手」だし、牛だし)主人公の少女の困惑や不安が、静かな中にも質感を持って立ち上がっていると思いました。
 下敷きにしたというあの作品と直接は繋がっていないし、私も文中のその夜、その屋敷で何がどのように起こった、と全てちゃんと読みとれていないかもしれませんが。古くからこの国の各地で、こういう営みが密かに、しかし絶えることなく行われていたのかもしれない、と妙に納得してしまいました。
 告げて死ぬ者も、血膿を流しながら育つ者も、何人も――何頭も?――あったのだろうか、と。

3位 「まぎれる」黒岩研
 この緊迫感、この臨場感は。普段の千里の厭さからしてぴりぴりしています。はっきりとは言わない癖に、無言でぺちゃぺちゃとすり寄ってきそうなこの感じは、もしかすると羚羊形態よりよっぽど厭かも。
 そして乱闘の舞台は小便臭くて凍り付いた便所の中だし。細かい厭な描写の積み重ねから来る生々しさに。

4位 順位がつけられなかったので同率で。
    「蛇」町井登志夫
 うう、厭な話です。救いようのないラストだし。綺麗な子だったというのに、なんて可哀想な。
 このオチはもしかして「キネマ・キネマ」収録の「3D」と同様では、などとも思いましたが、変容の結果とその理由が違うとまた別の厭感が。
 ああ厭な物を見せて貰いました。もっとやって下さい。連作短編化希望。

    「双頭の鷲」速瀬れい
 えーと。歴史ネタには弱いです。錬金術ネタにもフリークスネタにも弱いです。
 勿論それだけの理由じゃなくって。異形として生きることの苦楽を傍観者のように淡々と書かれていることに刺激されました。同じ対象を描いた傑作に萩尾望都の短編作品で後に野田秀樹により舞台もされた「半神」がありますが、この話も静かな筆致ながらじわりと残るものがあります。
 しかも見せ物小屋か衛生博覧会かと思えば「孤島の鬼」だし。(一卵性双生児なら拒絶反応も起こらないでしょうから、外科的処置さえ適切なら可能は可能でしょうね)
 ところで蛇足ながらこの話の背景について。文中で明記はされていませんが、明(1368-1644)の頃の「双頭の鷲」の帝国、「百塔の都」、錬金術への傾倒、等々から推測するに、おそらくこの「皇帝陛下」とは神聖ローマのルドルフ2世ではないかと思われます。(在位1576−1612、享年六十歳とか)ケプラーやティコ・ブラーエを保護したという文芸の擁護者ですね。芸術品の収集と魔術への耽溺でも知られる。(「百塔の都」はプラハというよりペテルブルグで、これはピョートル大帝では、という説もありましたが、在位1682-1725ですので明とは年代が合わないのです)
 もしそうだとすると、更に真に蛇足ながら、同時代の東欧地域で有名な人物にバートリ伯爵夫人エリザベートという人物もいます。(チェイテ城に捜索の手が入ったのが1610年だそうな)
 珍奇な生き物や加工品を求め、あるいは永遠の若さを求めて伝え聞く「秘術」に耽る。それは仄暗い斜陽の帝国のそこここに在る空気だったのだろうか、などと想像することです。

 上記の他で、気になった作品は以下。
  「赤い窓」森真沙子 血と体液が匂い立ちそうな。
  「主婦と性生活」内田春菊 このラストの身も蓋もなさは。(←ええと、良い意味で;)ああっ、そういうもんだよなあ日常って、と乾いた笑いと共に納得。
  「蛇使いの女」竹河聖 途中でなんかそんな気はしたのですが。あっさりと救いがない落ちが好みです。
  「水のアルマスティ」牧野修 妙なところに拘ってるかしれませんがホットケーキを喜ぶナラカが可愛らしいです。本当なら随分怖い事なんだろうけど、何故か彼等に同情してしまいました。変?;
  「大麦畑でつかまえて」奥田哲也 「けもの」じゃないじゃん、と思いつつも、おおキャトルミューテーションって、サークル活動って、そういうことだったのか! と、腑に落ちてしまったので。今後UFO談義の度に思い出すに違いないのです。

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