(夏)ご贔屓作品と雑感

初出 '03/06/27 01:51



 「Hotel California」はThe Eagles
 「HOTEL PACIFFIC」はサザンオールスターズ
 「リバーサイドホテル」は井上陽水
 「時のないホテル」は松任谷由実で、「20世紀を楽しむ場所」なのだそうな。
 既に21世紀になった現在を楽しむ場所は、さて。

 ちなみに「夏ホテル」は松本幸四郎率いる「シアターナインス」の舞台とか。(そも「夏ホテル」とはチェーホフが亡くなった南ドイツの保養地バーデンヴァイラーのホテルだそうな。ふーん……)

 閑話休題。「夏のグランドホテル」感想です。

 「異形コレクション」では「グランドホテル」形式第二段となる巻。「夏のグランドホテル」「8月1日〜2日」という場所・時間の縛りのみならず、この日・この場所だけのイベントや怪異の設定がいくつも盛り込まれていた様子。

 上に挙げた物のみならず、「ホテル」を題材にした音楽や物語は数限りなくあるわけで、それが何故かと考えてみれば、「旅先」という異界に起こる特別な出来事や、日常にない感情のため、と言うことができましょう。
 とはいえその「ホテル」も、従業員や納入業者にとっては日常の仕事場であるわけだし、建物や設備は元々、何ら不可思議と関わりのない「常の世」の筈なのですが。
 そこは「旅先」という特殊な状態にある人々の情が、期待が、不安が、その場所の空気を造るものでありましょう。それは信仰が神を造る様にも似てはおりますまいか。
 まして奇跡/怪異の発生が知れ渡り、集う人々もそれを期待している場所に於いてをや。


 さて、ご贔屓作品ですが。
 今回は色々迷いました。何が困ったって、終盤になってから良いのが立て続けにきたもので。
 そこまで読みながら、大体この辺は入るだろう、と考えていたのが、ぬるい基準だったとは思いません。ただ後から来たのが良すぎた
 しまったこれじゃ気に入った順に五作ってわけにも、とは思いましたが。順番はつけて付けられない訳でもない。毎度の事ながら、あくまで個人的なご贔屓ではありますし。
 でも不遜かとも思いますが、今回の上位作品に限って言えば、これを「良し」とすることへの異論は少ないだろう、と感じております。


  ご贔屓の作品の順位 & [コメント]

1位 「めいどの仕事」牧野修
 主要な感想は牧野氏のファンサイトの掲示板に書いたので、もういいといやあいいのですが。折角ですので、ここでは細かいことを。
 特別な日だけに起こる様々な客と怪異の到来も良いけど、この巻には一つ、ホテルならではの作品が欲しかったところでした。メイド、電話交換手というと地味な裏方ですが、ここに描かれる彼女達は気合いの入ったプロフェッショナル。「若くはない」とか「電話が出来る前から」という表現や、不貞不貞しいまでの落ち着きからして、律子も由実もおそらく結構いい年だと思うのですが、凄まじくかっこいい。しみじみ、牧野修の手に拠る強くて不敵な女性はいいですね。
 加えて、私自身は喫煙者ではないのに彼女達の煙草が妙に旨そうなこととか、どう見ても凶暴な怪物なのに「ただいま」とか「ありがと」とか言う「銀紙」を可愛らしく感じてしまうこととか、某国の皇女殿下の成長記録報道から現実の皇女はあどけないけど別に特に高貴そうでもない普通の子供だと知っていても「幼い皇女のよう」という字面から反射的にぴしりと張りつめたものを連想してしまうこととか、日本語の力に圧倒されることでした。
 ああ面白かった。

2位 「金ラベル」加門七海
 昔読んだやなせたかしの童話なぞ思いだしてしまいました。ホラーでもサスペンスでもない幻想短編もいいものです。(何を隠そう、私は詩とメルヘンなぞ買っていた頃もあったのだった。思えば贅沢な雑誌でしたが、つい最近休刊を決めたのですね)
 海辺、テトラポット、燐寸の火、ソーダ、薄荷、蛍、流星、願い事の幻影。美しいイメージの連鎖。そうか燐寸の火と音は薄荷か。考えてもみませんでしたが、言われてみると納得しますね。(発火用具だし。くすくすくす)
 失礼。ところで史上初の四つ星ラベルを生むほどの、「魔王になりたがった奴」とは一体?

3位 「空かずの間」菊地秀行
 扉裏の紹介文にちょっとどきどきしたものの、展開の地味さにどうかな、と思ったのですが。後になって、どうも何か引っかかる、と再読し、やはり捨てては置けないと「ご贔屓」入りしました。
 この味は恐怖ではない、悲哀でもない、酸鼻でも苦渋でもない、あらゆる華やかな衝撃とは違う色合いで、敢えて言うならばそれは虚無という空隙に他なりますまい。
 星の終焉を見せられたところで、そんなものに死ぬほどの衝撃を受けるだろうか――と普段の私は思います。でもその一方で、そういうものが確かにあることも「知って」いるのです。雑多な日常の情動の中に、ぽっかりと洞が空くということ。普段は忘れているのに、あるときふいにそれに気付くこと。
 百花繚乱、様々な作品が妍を競う中に、こういう「色」の物語があってもいい。
 ただ、一つだけ訂正が要るんではと思うことには、「自閉症」は脳の作用による発達障害で、「絶望の極み」といった心理による作用ではない筈ですが。おそらく少年は統合失調症あたりを患っていたのでしょうね。

4位 「死神がえし」岡本賢一
 この巻の収録作の中で、ホラー度では文句無く一番でしょう。
 生命の理に外れた願い事はやはり叶わない。妻を犠牲に捧げ、一晩かけて必死で為した業も、結局愛しい物を繋ぎ止めることはできない。それでも、娘を「イキムシビト」に変えるよりよかったのか。
 それにしても、「イキムシビト」達はずっとどこかで生き続けているのでしょうか。蠢く無数の虫から成る体で?

 さて、5位のご贔屓作品について色々考えましたが、なかなか一作二作には絞れません。
 そういうわけで、こうしました。以下四作同率5位です。

5位
  「海辺で出会って」中井紀夫

 当初はとても恋愛の対象にならないと見えた老婦人が、読み進むうちにちゃんと魅力的に感じるようになっている。しっとりして誠に佳い話です。この不可思議なリゾートの導入に相応しい。
 ところで余計なことですが、これが夏の話で良かった。「冬のホテル」だと清水ミチコの名曲になってしまう。(いや、そうだとしてもラストまでに納得させてくれればいいのだけど)

  「ミューズ」高野史緒
 うわあ、なんて厭な話だ。描かれる情景は上品な人々の集う小コンサートの場で、異形の怪物も酸鼻を極める残虐シーンも身に迫る恐怖もないのに、厭さではこの巻随一と感じました。
 「妬みは恐ろしい」まさしく。加えて、一見して上品そうな紳士淑女にもかかわらず、生贄が引きずり出されるのを待ち焦がれる観客達も怖い。美しく整った皮一枚の下で、腐肉が滴り落ちかけているとでもいうか。(私にとって、これに比べたら「イキムシビト」も「銀紙」も、むしろ愛嬌があるだけ良いかと)
 それにこの……この……は。いや「ネタバレ読書会」なんだから書くべきかもしれませんし、実はすごく書きたい。でも敢えて書きません。この衝撃をより多くの人と分かち合いたいので。
 とりあえずミステリ読みの皆様に、とにかく読んで! とだけ。

  「柔らかな奇跡」矢崎存美
 うむ、いつも通りぶたぶたらしいぶたぶた短編、まあ手堅くほのぼのしたお話でまとまっている。
 ――と、過ぎかけたところで、はたと気が付きました。昭光は寛大だけど、よく考えると香奈恵のしてることはちょっと酷くないですか?
 何年か連続で恋人と8月1日をここで過ごし、なのに恋人とは別れちゃったので翌年は女友達と来て、ところが友達の方は幸福な結婚をしたのに自分はまだ独り身だから、今度は新しい恋人と来る。しかも安くない宿泊費は彼氏持ち、何度も毎年来てることは全く明かさず、初めての振りをしてまで。
 過去の男の事なぞわざわざ話すようなことじゃない、という気遣いかもしれないけど、「別れた男と来た場所だけどすごく素敵な所だし、新しくやり直すために」というだけなら、何故女友達と来たことさえ秘密にする? 「来年も」という彼の言葉へのぎこちない反応は何? そしてバレると、慌てるとか罪悪感を覚えるとかではなく逆切れとは。
 やはりこれは「今度こそここの奇跡で幸せになる」という執念でしょうか。気の毒だが昭光はここに泊まるための補欠要員/財布で。
 何度も何度も来ているのに、幸福は彼女に訪れない。いや、本当は訪れているのに気付かず逃しているのか。
 少なくともホテルに選ばれるかどうか以前に、自分に決定的に足りない物があることが、彼女には分かっていないのでしょう。この先分かることはあるのか。昭光の方は希望を持っているようですが、さて。

  「流星雨」速瀬れい
 年経りた吸血鬼の災難の物語――かと思えばこう来るとは。
 でも実は終盤の展開の意外性よりも、個人的には「たべて。たべて。」「うれしいの、うれしいの。」という人魚「達」が気になりまして。
 うう、こういうバケモノの可愛さにはどうしてこう弱いのだ。しかも実は結構邪悪だし。


 上記の他で、気になった作品は以下。
  「ヴェンデッタ」森青花 散々に体を切り刻まれる場面と悲しい不倫の恋の対比――なんだけれど、どうものほほんとした印象をうけるのは何故。
  「お迎え」飯野文彦 芸道物の味わいに。ただ再会した継子にのされる場面だけ、他とイメージが乖離してるようでちょっとひっかかる。
  「人魚伝説」町井登志夫 いつもながら酷い話。今回は映像的なグロさはやや弱いが、娘を拘束する母の心情の方がグロテスク。
  「無限ホテル」薄井ゆうじ 地味な話――と見えるけれど、少しずつ重なり合った別の時空に延びるホテルのイメージが魅力的。
  「影踏み遊び」倉阪鬼一郎 やりきれない哀しみの、いい話です。ただその。前回登場の作品と構造が全く同じではないかと。このお話だけで読んでいたら違う衝撃があったのかもしれませんが。
   それだけどうにも気になったもので。でもこういう読み方は邪道かも。

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