(亜)ご贔屓作品と雑感

初出 '04/01/01/14 13:16


良き夫、良き父である清廉潔白な人格者として知られていた代議士が、フランスはピカルディー地方の大聖堂の街で、とかく奔放な噂のある若い女優と宿を共にしていた事実が発覚。メディアは騒然となった。

アミアン・ゴシップ

ちなみにアミアン大聖堂はゴシック様式建築の最高傑作と呼ばれるそうで。関係ありませんが。
いやその。流してください。


 そんなことはさておき、ようやく「アジアン怪綺」の感想を。

 「アジア」というお題を知ったとき、「おおこれは愉しみな!」とわくわくしましたが、同時に「大丈夫かいな?」という不安も抱いたのでした。
 何故かと言うと、対象が広過ぎるのではと思ったから。一つの「アジア」という言葉でくくるにしては、実際の地域はあまりにも広大で、土地ごとの人種も信仰も風俗もバリエーションに富みます。
 その間で共通するものというと、敢えて言えば強力な「土俗」の力とでもいうべきものでしょうか。それも、外から見て初めて気が付く、そうした物へのエキゾチシズムか。
 まあ突っ込んで考えると、そういうものはヨーロッパにも南北アメリカにもオセアニア、アフリカにもそれぞれにある筈ですが、特にアジアについて集めて並べてみればアジアの色が見えてくるものかもしれない。
 そうしたイメージの数々を散漫にならずにまとめる事ができれば、退屈する暇などない、アジア各地を幻想短篇によって周遊するといった愉しみが期待できましょう。ただし一方では、一部の人気のある時代や地域にテーマが集中してしまい、類似の舞台を描いたそれぞれの作品が十分なクォリティを持っていても、「アジア」というタイトルで期待した読者は物足りない印象を抱くのでは、という懸念もありました。

 結果的にはうまくテーマや舞台が散って、なかなか興味の尽きない一冊になっています。実際各地・各時代の亜細亜博覧会といった趣ですな。
 敢えて欠点を挙げると、これだけ色々見せられると読む側も欲が出て、あの地域やあの辺の時代のエピソード・文物・習俗も扱って欲しかった、というところがどんどん広がってしまうことが。でも欠点かなこれは? 正直言って、折角だからもう一冊くらい「おかわり!」と言いたい気分です。
 実際読了後に、他に読んでみたい場所や時代が次々湧いて困りました。例えばトルコのスルタンとか中華王朝とかインドのマハラジャらの後宮のエピソードとか(アジアじゃなくて後宮が好きなだけだろう、というツッコミは当たり過ぎていて却下)、元帝国による諸国制圧の歴史とか(騎馬民族の話が一本ぐらいあるとよかったなと)、あと琵琶や琴やその他弦楽器の伝播に関わる音楽の話があっても良かった(女子十二楽坊のせいだろうか)とか、ロシアとはいえ中央アジア寄りのコサック族やシベリアのツングース族はアジアに含めていいんかな、などなど。
 折角だから他人をあてにせずに、関係のありそうな蔵書を紐解いてみようと思っているのですが。

 ま、ここまでの想像をたくましくさせるきっかけとなった点からも、この巻の影響力が窺い知れましょう。
 そも表紙からして強烈でしたねえ。気押されます。
 これはなかなか、こういうものを描こうとしても描けるもんでもないような。図柄としては非常にシンプルなのに、この迫力はこの面のどこから生まれるものか。大きな一ツ目か、ハの字型に広がった牙か、平べったい鼻か、いやいや開いた口の中の闇かもしれず。
 でもパーツだけ取り上げてもあんまり意味ないんだろうな、きっと。

 というところで、今回のご贔屓作品。
 どうも今回は殊更に、クォリティ以上に個人的好みに偏って選んでいるような気もするのですが。(いや実際レベル高かったと思いますけどね)
 偶々、というべきか、今回は情に落とす話が少なかったので、いきおいご贔屓は「血腥いもの」と「救いのないもの」に偏る形になりました。


  ご贔屓の作品の順位 & [コメント]

1位 「トンネル」草上仁
 ああ、厭な話で。
 舞台がベトナム戦争の前線なんて、それだけで厭な話を約束されたようなもんですが、それにしたってこの顛末の救いのなさは。
 何より痛い。いやネットワーカー用語(2ちゃん系か?)の「イタイ」じゃなくって、ほんとに読み手までなんだか痛い。あまりのことに、途中で想像を抑制しました。
 「モグラの殺し方」が語られたあたりからなんとなく引っかかっていましたが、最後になってこれとは。しかも夢で見たような形ではなく×△/■ (←なんとなく理解してください)
 そうまでして逃れたい恐怖と嫌悪とは。しかもBJはヤクはやってない――ということは薬品による麻酔鎮痛作用もなかった――のに。
 ことが終わってみると、始終落ち着いて陽気だったグエンの言動が一層怖い。これは再読して更に思い知る怖さかも。

2位 「甤[豕生](ずい)」朝松健
 何より「甤[豕生]女」の造形が圧巻。
 どこか厭な物を感じながら鄭の風体・言動やら唐人坂への行程やら、蔵の中の臭いや芳華の妖しい美しさやらを読んできたのですが。土の中からぞろぞろと掘り出される下りでは、うひゃあっ、というのと、ああやっぱり、という両極端が同時に来ました。
 それでもまさか、これだけの部分が尽くこんなことになっていようとは予想しませんでしたが。
 鄭の最後の行動にも哀れを誘われます。きっと、他に選択肢はなかったのだろうけど。

3位 「空忘の鉢」高野史緒
 渋い。「文字表現」なるものの根幹を描いて深い一編。
 何も書かれていないように見えても、そこにある「文字」は、意味自体として見る者の精神に浸み括りあるいは侵す。ごく淡々と書かれていますが、この「文字」の効果は随分怖い物じゃないでしょうか。
 いやこれはハッピーエンドなのでしょうけれど。ハッピーエンドでもあるのでしょうけれど。
 この話の端々から、私は今年出たテッド・チャン短編集(特に表題作)や、あるいは同じテーマに対照的なアプローチをしている中島敦「文字禍」などを思い出しましたよ。断片的なイメージや主題に共通したものがあるけれど、それぞれに別の独自の着地点に降りたっているのですが。
 とりあえずSF読みの方々に、この話は「とにかく読め!」とだけ。(なんか最近の高野史生作品はこんなんばっかりだー!)

 今回もちょっと順位付けに迷いました。が結局、4位は甲乙付けがたし、ということで、三作同率として並べます。

4位
 「双つ蝶」篠田真由美

 や、誰か書いてくれるんじゃないかと期待してたんですよ、中華の国の「宮刑」というやつを。(刑罰として為されるんじゃなければ「宮刑」とは呼ばんのでしょうが)期待通りの作品がちゃんとあって嬉しい限り。(とかいう読者もちょっと偏っているかしら)
 兄弟間の、またはその傍らに在ったはずの幼なじみの、それぞれの愛憎やら思惑やらも想像するだに複雑で陰鬱なものがあります。上海での弟が己の身を恥じているようは思えないけれど、自分の「異形」を肯定するためには、出来の良い兄を引きずり落とさないではいられなかったのか。
 でも考えてみれば、それもどこまで「本当」のことなのか。それを語る老婆の想いが奈辺にあるものか。考えるほどに解釈も揺れる、これも趣でありましょう。

 「夢禍」立原透耶
 この話の何が良かったって、黄がこれでもかと救いのない醜男だったあたりですね。そしてなまじ才覚があった、ということとの落差が。
 転落・上昇を繰り返し揺れる展開もよろしい。仙人修行が順調に進むあたりでは、このまま救われそうな気がしたんですけどねえ。
 まあ持ち上げるからこそ落とせるということで。

  「沈蔵(キムジャン)」中内かなみ
 キムチの漬け込み作業「沈蔵」という年中行事を題材にした嫁姑の物語。というよりは、営々と続く隠れた女達の情の物語、でしょうかね。
 現実にもよくあるホームドラマ(いや現代にしたら流石にちょっと古めかしいかな? 現代日本なら嫁も負けてませんが)と捉えることもできるけれど、ここでは忍従を強いられる女達の連帯感で救っています。(とはいえ意地悪く想像すると、姑の「親切」がどこまで嫁に届いて救いになるか、疑問ではあるけど)
 まあ実際、どこかに集めておきでもしないと、とんでもない形で噴出しそうな「恨」ではありますな。主人公の少女時代の回想からしても、結構陰惨な事も起こっていそうだし。
 でもそういうものを散々吸い込んだキムチがとんでもなく美味ってのは、なんか皮肉な話ですね。


 上記の他で、気になった作品は以下。

  「素晴らしきこの世界」奥田哲也 アレキサンダー大王が酒浸りの暴君で、印度の「異形」に恐れをなした、という題材は面白いと思いますが、もうちょっとすっきり読めたらよかったかと。
  「鳥の女」石神茉莉 私がイスタンブール周辺に抱く憧憬のせいかとも思いましたが、「子を得る」「子を失う」という感覚の鮮やかさが残ったもので。これは托卵/子獲りなのか?
  「雨」浅暮三文 何かを亡くし、何を亡くしたかはすぐ忘れてしまうのに、その喪失感だけが消えずに残っている。こういう話には弱いです。

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